【019:カフェテラス】19:00 2007/07/24
睡眠不足の身体に審理はキツイ。
今日の仕事は午前中の一件だけで、後は残務処理となっている。
少し休んでから検事局へ戻ろうと思いながら、私はカフェテラスへ向かった。
半端な時間のせいか、席はガラガラに空いている。私は適当に階段近くのテーブルに座って、ティーセットを頼んだ。昼過ぎや15時近くにはケーキ目当ての女性客が殺到するため、このくらいの時間は逆に空いていて気が楽である。
「お待たせしました」
ウェイトレスがトレイにスコーンと紅茶を乗せてやってきた。
私はソレを受け取って、ゆるゆると紅茶を味わう。香気がふんわりと漂って、私は大きく嘆息を吐いた。
「あ、ミツルギ検事。お疲れ様です」
頭上から声を掛けられて、見上げると見慣れた顔があった。
「ウム、真宵クンこそご苦労だったな。今日もシロウト弁護士の助手かね」
へへ、と笑いながら階段を駆け下りて私の前の席に座りこむ。
「えっと、あたしはなるほど君の監視役、ってヤツですよ。ほら、いっつも危ない橋渡るから」
「落ちないように気を付けたまえ――まあ、あの馬鹿は橋から落ちても死なんだろうが」
「うるさいなあ」
「ぬ、キサマ居たのか」
「最初ッから居たよ」
ようやくテーブルの前まで現れて疲れたように項垂れる成歩堂に笑いながら、私は横の椅子を引いた。アリガトウ、とぐったりした弁護士はそのままテーブルに突っ伏して、じっと私の顔を見ている。真宵クンはウェイトレスを呼び止めて、何やら注文しているようだ。
「何だ?」
「んー、最近疲れが取れなくてさあ」
「気持ちは分からんでもないが、少々老け込みすぎだろう。成歩堂」
「そうだよ、なるほど君。ミツルギ検事を少しは見習ってよ」
「えー、御剣のどこを見習えっていうんだよ。首のヒラヒラか?」
「うん、ヒラヒラだよ」
「そっかヒラヒラかあ」
「……成歩堂、ソレはないだろう」
「うん、僕も思った」
真宵クンはケーキセットにフォークを突き刺しながらニコニコと笑っている。
目の前に置かれたコーヒーカップに漸く成歩堂も頭を上げて、のろのろとコーヒーを啜った。
「あー。何ていうかさ、生き返るよ、頭もココロも」
「コーヒーを飲んだ感想としては何かしら間違ってるような気もするが、まあ良かろう」
「まあ、今日もなるほど君はピンチだったからねー。最後辺りなんか息も絶え絶えっていうか」
「アレは狩魔検事がムチで叩きまくるからだろ。裁判長なんか途中からテーブルの下に潜っちまったぞ」
「ううん、冥さんじゃ仕方ないよね。そう思いませんか、ミツルギ検事?」
急に振られて、私は思わず口ごもる。
「……むゥ」
「いやいやいや、そうじゃなくて。オマエ、止められないのかあのムチを」
「と、言われても私はメイからムチを喰らった覚えがないのだが」
「ええーっ、あたしだって気絶するくらい喰らったのにー。何で? どうして? 卑怯ですよ、ミツルギ検事っ」
「まさかオマエ、狩魔冥とイイ仲なのかッ」
「ご、誤解するのは止してもらいたいっ」
私は飲みかけた紅茶で噎せながら、大声で叫んだ。周囲のウェイトレスが一瞬私の方を見たような気がしたが、気のせいにする。
「そもそも私とメイは兄妹同然に育っているからな。自然と身体が避けることを覚えているのだよ」
「はー、避けられるんですかー」
「ムチは振るうんだな、やっぱり……」
「父親にも振るっていたぞ。あのムチは」
今でも思い出されるあの対決にほんの少し身震いをする。
アレを止められる人間がいるとしたら、余程の覚悟をしなければなるまい。
「そうか、父親にも振るっていたんなら止められないのも当たり前だよな」
「うう、諦めるしかないね。なるほど君」
何故かぐったりとした風情の二人を見て、私は笑う。
「午後に審理は持ち越しなのだろう? 存分に叩かれてきたまえ」
「ヤな言い方するなよ。ああ、もうどうしようかなあ真宵ちゃん」
「あたしに振らないでよ、なるほど君」
私は脇に置いた鞄から書類を取り出して、成歩堂に渡した。
「使いたまえ。多分、重要な証拠になるだろうからな」
「え、良いんですか。ミツルギ検事?」
「ああ、どうせ午後の審理でメイが提出するモノだ。だが事前に目を通しておいた方が気が楽だろうしな」
「サンキュ。使わせてもらうよ」
片手を挙げて、成歩堂が笑った。目に光が戻ってきている。いつも法廷で見せる、あの光だ。
「メイにも礼を言うことだな。アレが寄越したものだ」
「冥さんが?」
「ウム。"バカな弁護士如きに後れは取らない"との事だ。………アレも素直じゃないからな」
「確かにね」
三人で声を潜めて笑う。水を注ぎにきたウエイトレスが不思議そうに見ていた。
※裁判所のカフェテラスにて。真宵ちゃんはケーキの後にラーメンを食べる予定になっています