【018:エレベーター】12:03 2007/06/30
ガタン、と音がしてエレベーターの電気が消えた。
暗闇の中、動く気配はない。
閉じ込められたのかと僕は溜息をついた。
僕のほかに乗っているもう一人は酷く震えている。
触れた腕から振動が伝わり、必死で堪えてる様子が分かった。
「御剣」
僕は声を掛けてやる。ビクリ、と慄く様子に重症だなと思った。
次第に目が慣れてくる。
赤く点った非常ボタンを数度押しても反応はない。
制御系の故障なのだろう。誰か外から気付く人間が居なければ、このまま閉じ込められたままになってしまう。
「困ったな」
ぽつりと僕は呟いて、頭を掻いた。
幸か不幸か用事は済ませて、後は帰るだけとなっている。
問題はその用事に時間が掛かりすぎて、職員の大半が帰ってしまっているという事実だ。
そして、もうひとつの問題は一緒に居るこの男。御剣怜侍だ。
彼はエレベーターに心理的外傷を持っている。
普段は忌み嫌って使うことなどないが、今回のように地上40階などととんでもない場所に用事がある場合は仕方なしに使うようだ。
あとは戻るだけというところでこんな目にあってしまっている。
本当にどうしようもない。
既に壁に凭れて、座り込んでいる御剣に近寄る。
と言っても、狭いエレベーター内だ。一、二歩寄れば蹴飛ばしてしまう。
僕はしゃがみこんで御剣の顔を見た。ぼんやりとしか見えないが、酷く苦しそうだ。眉間にヒビが入っているが、それも仕方がない。
「御剣」
僕が呼びかけると、ようやく顔を上げた。
「まだ……出れない、のか?」
声が掠れている。
「うん、制御板とかの異常じゃないかな。換気扇は動いてるみたいだけど、非常ボタンが使えないんだ」
出来るだけ冷静に言うと、そうか、とだけ返事が返ってきた。喋るのも辛いのか、切れ切れにしか聞こえない。
僕は隣り合うように壁に凭れて座り込む。シロウトが下手にイジってもどうにもならないだろう。とりあえず大きく溜息を吐いて、天井を仰いだ。
深、とするエレベーターは酷く息苦しい。
僅かな空気口から洩れる音だけが救いだ。
じっとしていると肩に何かが圧し掛かる。背中を掴まれて何事かと思うと、御剣が抱きついてきているのだと気付いた。多分、肩に乗っているのは彼の頭なのだろう。肩口に生暖かい吐息が当たる。
「……スマナイ」
ともすれば聞き逃しそうな小さな謝罪の声が聞こえた。僕は少しだけ驚いたが、気丈な彼が自分頼っているのだと思うと不謹慎ながら笑みが零れてくる。
僕は掴まれた腕を伸ばして、御剣の背中を抱き寄せた。
「気にするなよ」
苦笑しながら言うと、彼は不思議そうに言葉を重ねる。
「キミは、強いのだな」
「強くなんかないってば」
「いや、強いさ。私は――こんなにもみっともない」
「仕方ないだろ。キミの場合、親父さんの事件があったんだから」
御剣の身体が緊張で強張るのが分かった。そうだ、仕方ない。解決したのは、ごく最近のことなのだから。15年分の心理的外傷がそうそう治るわけもない。
「ま、どうにかなるって。意外と僕って強運らしいから。誰か警備員あたりが気付いてくれるんじゃないかな」
僕が笑うと御剣もほんの微かに笑った。
「そうだな。キミの悪運に縋ろうか」
「なんだよソレ。もっと僕を信じろよな」
「分かっている。信じてるとも、キミの悪魔じみた強運を」
いつもの御剣に戻っている。僕は安堵しながら、笑う。御剣もクックッ、と笑っている。
そうだ、恐怖なんて馬鹿馬鹿しい。
同じ悪夢を繰り返すのは、自分を責めてるからだ。少しでも、少しだけでも自分を許せればきっとしがらみなんて無くなってしまうのに。
ガンガン、と扉を叩く音がした。
どうやら異常に気付いた人間が居たらしい。
「どうやら助かりそうだぜ、検事サマ」
「そのようだな、弁護人」
僕はすっかり余裕を取り戻した御剣に向かって、ニヤリと笑った。
※発見者はオバチャンとイトノコ刑事。帰りの遅い御剣に電話したら電波が届かなかったのでいつもの通り、探し回った様子。肩抱いてる成歩堂にオバチャン激怒。ミッチャンに手を出したらタダじゃおかないからねッ、といつも通り喋りで圧倒した模様。