【016:フレーズ】13:23 2007/06/30
街中から聞こえてくる音楽は何処か聴いたことのある音楽。
優しい声をアルペジオに乗せて。耳に残るテノールボイス。
俺は歩きながら考える。
ああ、アレは誰の曲だろう。
「ああ、ラミロアさんの新曲ですよ。オドロキさん」
みぬきちゃんはあっさりと答えを言った。
俺はソレを聞いて、そりゃあ聞き覚えがあるよなと合点がいった。
「作詞作曲がラミロアさんで、唄っているのが男性シンガーのRYUICHIだそうです」
「ふーん。で、そのリューイチって誰?」
みぬきちゃんが、ふっふっふっと意味ありげに笑う。
「オドロキさん、最近の音楽ギョーカイはその話題で一杯なんですよ」
「どういうこと?」
みぬきちゃん曰く、その男性ボーカリストの正体は明かされていないらしい。テレビや雑誌インタビューなんかの媒体にも出てこないため、正体を突き止めるべく色々な憶測が飛び交ってるそうだ。
手掛かりになりそうなのはジャケットのシルエットのみ。
しかも照明を落としてあるから、顔はハッキリとしない。
でも、何処かで見たことあるようなそんな気に陥る。
「みぬきも何処かで見たことあるような気がするんですよねー。声も聞いたことがあるような。うーん」
麦茶を飲みながら、みぬきちゃんが首を傾げる。
俺もジャケットを凝視したが、何の役にも立たなかった。
「二人とも何してるの?」
「あ、パパおかえりー」
頭上から声が掛かって、俺は心底驚いた。
立っていたのはみぬきちゃんのお父さん――成歩堂さんだ。
……今、この人足音しなかったぞ。サンダルの癖に。
俺が心の中でツッコんでいると、成歩堂さんは持っていたCDケースをひょい、と取った。
「コレ、何だい?」
「みぬきイチオシのCDをオドロキさんに見せてる――ああッ」
「ん、どうしたんだ。みぬき」
みぬきちゃんは成歩堂さんからCDケースを奪還し、俺の目の前に突きつける。
そして、成歩堂さんとCDジャケットを交互に指差しながら大声で叫んだ。
「お、お、オドロキさん。コレ、パパですよ。パパッ」
「ええーっ」
俺は思わず振り向いて成歩堂さんを見上げた。
……確かに似ている、かもしれない。
成歩堂さんは猫背になっているが、背筋を伸ばせば相当体躯は良い。
後は格好をスーツにして、帽子を変えれば。
「……ホント、ソックリだ」
「何の話か付いていけないんだけど、どういうことかな」
成歩堂さんは苦笑しながら、ソファにどっかりと座り込んだ。
「だーかーらーッ、この曲歌ってるのパパなんでしょッ」
「知らないなあ。ソレってダレの曲?」
親子漫才もとい、尋問が開始されている。
とはいえ、空呆ける成歩堂さん相手では流石のみぬきちゃんでも分が悪いようだ。言いくるめられるうちに、段々と声に自信が無くなっている。
「みぬきだって、パパが音痴なことくらい知ってるだろ?」
「うう、それを言われるとみぬきの論証も弱いです」
どうやらそろそろ決着が付きそうだ。状況証拠だけでは立証できず、というところか。というか、成歩堂さん音痴だったのか。そうだよな、ピアノ弾けないとか言ってたもんな。
「というわけで、パパとこの人は無関係ということでいいかな。みぬき」
「……異議、なしです。パパ」
完全敗訴。証人は無罪のようだ。
俺はみぬきちゃんの肩をぽん、と叩いた。
「成歩堂さん相手じゃ無理だよ。みぬきちゃん」
「あう、みぬきもそう思いました。――そうだ、ラミロアさんに直接聞けばいいんですよ。オドロキさんッ」
「へ? ラミロアさんに」
「ちょっと電話してきますねッ」
どうやって、と言葉を継ぐ前にみぬきちゃんが電話へと走っていった。
あの行動力は見習わなければならない。
「あっはっは」
笑い声が聞こえて振り向くと、成歩堂さんが相好を崩して大笑いしていた。目元に涙まで浮かべて、腹を抱えている。実に珍しい姿だ。
「いやー、オドロキ君。笑っちゃうよねえ」
「は、はあ」
「あんなにあっさりバレるとは思わなかったもんなあ」
「そうですか―――って、え?」
「ん、アレ、僕が歌ってるんだよ」
「エエーーッ」
ビリビリと空気が振動したような気がする。いや、ガラスがちょっとガタついた音がするから気のせいじゃないかもしれない。
ともかく俺は大声を上げて驚いた。それはもう口をぽっかりと開けるほどに。
「そ、ソレって本当、ですか?」
「やだなあ、嘘だと思うかい?」
腕輪が異様なほど反応しているのだが、ソレが成歩堂さんの動揺なのか俺自身の動揺なのか分からない。というか八割方、俺の動揺だと思う。
「証拠に歌ってみせようか?」
「い」
イヤイヤイヤイヤ、と俺は首と手を同時に横に振った。
この人のことだ、絶対騙してる。騙して遊んでるに違いない。そうだ、みぬきちゃんも居ないから俺でからかってるんだ。冗談を真に受けて色々と痛い目に合ってる俺としては是非とも遠慮願いたいことである。
「じょ、冗談は止めてくださいよ」
「ホントのことなのになあ」
あーあ、と成歩堂さんはそのままソファに凭れこむ。
とてもあんなキレイな、そして優しい声で歌えるとは思えない。
「オドロキ君」
成歩堂さんはにっこりと微笑んで、ほんのワンフレーズだけ歌った。
それはテレビやラジオから聞こえる声と全く同じで。
「嘘じゃないだろ?」
「………」
俺は思わず絶句して、パクパクと金魚のように口を上下した。
※ゴメン、嘘話。でもなるほど君は歌はそれなりに上手そうな気がする。オペラとかミュージカル目指してたんなら必須だと思うし