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※ちょっとしたお話

【009:ランチ】17:51 2007/07/24

自営業に休みは無い。ということで僕も例に洩れず、日曜日に関らず事務所に詰め込んでいた。
目の前に積み重なる書類の山は睨んでいたところで片付くはずもなく、こうして溜息を吐きながらひとつひとつを片付けていた。
外は雨は降っていないものの、珍しく霧が出ていて向かいのホテルさえ見えないくらい白い。かといって、寒いのか問えば、温度計は26度なんか指していて蒸し暑いことこの上ない。
僕はネクタイを外して、腕まくりをしている。だらしなくシャツのボタンまで外して、ウチワを扇いでいた。本当はクーラーを付けたかったが、フィルター掃除をしていないためどうにも調子が悪い。電気代の割りに不快指数が増すだけなので、付けるのは止した。
「暑いなあ」
窓を開けると、細かい雨が入り込むので迂闊に開けることが出来ない。ドアは開けっ放しにしているものの湿度が高すぎて、ベタベタと気持ち悪い。
篭って3時間。
僕はいい加減耐えかねて、ひとまず書類を置いた。暑い。暑すぎる。扇風機も無いこの事務所内で涼を取るなら冷蔵庫の中の麦茶だろう。簡易キッチンに飛び込んで、冷蔵庫を開けた。そしていつもの場所にいつものポットが無いことを僕は思い出す。
「あー、そういえば昨日ので終わったんだっけ」
代替品を探したものの、ソレらしきものは無い。かといって、地獄よりも熱いコーヒーを飲むくらいなら水道水の方がマシだ。溜息を吐いて、僕は蛇口を捻ってグラスに水を満たした。生温い。咽喉は潤うものの、だらだらと流れる汗は増したような気がする。
外はあいかわらず乳白色に濁っていた。
近くのコンビニまでは歩いて5分。
時間を見ると、そろそろお昼も近い。
「どこで食べようかなあ」
僕は所長室まで戻って、ジャケットを掴む。ポケットをゴソゴソと探って財布と携帯電話を出した。うんうん唸りながら、事務所入り口のドアを開けて。
とりあえず近場の食堂に向かうことにした。

食堂はいつの間にか様相を変えて、ダイニングキッチンと銘打っていた。
ランチもやっているようだから、まあ大して中身は変わっていないのだろう。
僕はドアを引いて、中に入った。クーラーが効いている。ああ涼しいなあと思っていると店員が走ってきて、何名様ですかと聞かれた。
まあどこからどう見ても一人だよなあ、ということで一人ですと答える。
満面の笑みでこちらへどうぞと案内する店員の姿は、見事なほどサービス業ということを感じさせる。ううん、あなどれない。
誘導されたテーブルに向かって歩いてると店の奥のほうに見慣れた顔を見つけた。御剣だ。
「あれ、御剣どうしたの?」
一人で黙々と食べている友人に僕は近づいた。ム、と一言唸っている友人が食べているのはどうやら今日のオススメランチ。脇に置かれたプリンがこの上なく似合わない。
「見て分からんのか。昼食を食べている」
「いや、そりゃ分かるんだけどさ。なんでココに居るのさ。検事局からは遠いだろ?」
僕が問うと、ぐむ、と唸っている。怪しい。
「っていうか、一人って珍しいじゃん。イトノコさんとか他の人って一緒じゃないのか?」
「一人で悪いか」
向かいの席に座ると、いつの間にか近づいてきた店員が自然に水を出した。どうやら移動したのを見ていたらしい。流石だなあ、とちょっとだけ思う。
「ここ空いてるんだろ。座るよ」
「構わん」
黙々と繰り出されるスプーンに形を崩しているのはオムライスだ。
ケチャップで描かれたらしい店のキャラクターがぐずぐずになって、少し怖い。
「美味しそうだなあ。僕も食べていい?」
「勝手に頼め。私に言うな」
「じゃなくてさ」
カラン、と氷が鳴った。御剣の咽喉が上下して、水を嚥下したのだと知る。
「一口だけでいいから頂戴」
「アホか、キサマ」
幸い、天気のせいか店内の客はまばらである。店員も奥に篭って、何かしているようだ。
「僕のも頼んだらあげるからさ」
「馬鹿馬鹿しい。そういうことは」
「恋人同士でやること、だよな」
にへら、と笑って僕は御剣を見る。
どうやら言葉に詰まってるらしい天才検事は顔色を様々に変えながら、見事に固まっていた。
「僕の立証は以上なんだけど、異議は?」
「――ぬうぅ」
「無しって事でいいの?」
可愛いなあ、と思いながら僕は店員を呼んで注文を出した。
あ、今日のオススメBランチひとつ。ええと、デザートは……ゆずソルベで。
店員のお姉さんは御剣の水を足して、後ろに戻っていった。
なのにコイツはそのことにさえ気付かずに唸っている。
「冗談だよ、御剣」
あとでアイスやるから機嫌直してくれよ。
僕は一頻り笑ってから、グラスの水を呷った。

※大人になるとオムライスを頼むのが難しいそうです。主に男性。主にウチの兄。だからといってダミーに使うなとあれほど(以下略)