【008:レンズ】7:32 2007/07/20
揺れる。曲がる。歪曲する。
ずれる。回る。外せば、クリアな世界。
「あれ、御剣って眼鏡だっけ?」
後ろから声を掛けられて、私は振り向いた。
ゴシゴシと濡れた頭を拭いながら、風呂上りの男は私の隣に座り込む。ぎしり、とソファが軋む音がした。洗いざらしの髪の毛からはまだ雫が垂れている。
ぽたり。ぽたり。
シャンプーの香りが鼻腔を擽り、意識をどんどん逸らしていく。
ジッと見据えられて、集中できない。溜息を吐きながら、文庫本に栞を落とす。ぱたり、と閉じてテーブルへ投げた。付けていた眼鏡を外して、本の上に静かに置く。身体をずらして向かい合うと幼い顔をした成歩堂が居た。
「外しちゃうの? 何で?」
もったいないよ、と成歩堂が呟きながら私の顔をまじまじと覗き込む。この男の子供じみた表情にもいい加減慣れた気もしていたが、くるくる変わる表情に私は思わず苦笑する。
「長時間付けていると目が疲れるのでな。大体付けるのは仕事のときだけだ。普段は付けるまでも無い」
私がそう答えると、そうなんだ仕事中は付けるんだでも僕見たことないな法廷じゃ一回も見たこと無いしアレだろ出し惜しみしてないかオマエなどと独り言のようにぼやいている。私はもう一度溜息を吐いて、ソファに凭れこんだ。相変わらず成歩堂はブツブツ言っている。
「メガネ如きでどうもこうもあるまいに」
私は呆れた口調でそう言った。すると成歩堂は勢いよく振り向いて、そんなことないよッと叫んだ。
「あのな、僕の知らない御剣が居るってことだろ?」
「ム?」
「誰か別のヤツにさ、メガネ姿見せたりなんかしてさ。仕事中そんなに色っぽかったら襲われるよ、オマエ」
そんなのはキミだけだ、という言葉は声にならなかった。
太い笑みを湛えた成歩堂の口唇が私のソレを塞ぐ。喋りかけた言の葉はくぐもって、やがて喘ぎになってしまう。割り込んできた舌に舌を絡み取られ、息も苦しい。
舐めて、絡めて、解いて、吸って。
膝からにじり寄られて、ソファの背に押し付けられる。背もたれに半分だけ乗った頭が痛い。押さえられた手首が痺れる。何より頭の中がぼうっとして考えることさえ止めてしまう。
僅かに濡れた髪の毛が頬に当たり、雫がつう、と垂れて鎖骨へと流れた。
「な、襲われても仕方ないだろ」
「キミは本当に馬鹿だ」
荒れた息を落ち着けるように私は大きく息を吸う。
「メガネなど付けていたらキミの相手は出来ないだろう?」
クックッと笑うと、それもそうかと成歩堂も笑う。
私は圧し掛かる男の首に腕を回して、今度は自分から口唇を重ねた。
※何このバカップル。
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